あえて、ITを捨てて本を片手に街を歩いてみた。
ケータイを持たず、iPodを持たず、PCを持たず、ショルダーバッグに「孫の二乗の法則」と「通信と放送の融合のこれから」の2冊だけを持ち、ちょっと出歩いてみた。ただし、どうしてもPASMOとICキャッシュカードだけはおいて行けなかったので、それだけ持つ事に。
http://japan.cnet.com/blog/general/2008/05/10/entry_27001304/
小田急からJRに乗り継ぎ、適当に降りて、カフェに入りランチをしながら、本を読む。持って行った本はどちらもIT絡み。ちょっとだけ皮肉ってみた。とりあえず、読みかけの「孫の二乗の法則」だけ読み終えて、もう片方の本は別の場所で読む事に。
都内某所をうろついていると、耳かきを膝枕でしてくれるサービスを発見する。 3年程前からWebを見て知っていたサービスを発見し、思わず突貫。店の中は、完全な和テイストで、IT等皆無の世界観。畳の上で、膝枕とはなんとも贅沢な気分(笑)
それはさて置き、ここで、耳かきをしてくれている人との会話がで結局ネットの話、アキバの文化の話に発展してしまい、やっぱり切っても切りはなせないのねと思ってしまう。彼女もブロガーであり、世の中変な事沢山ある事に共感していた。また、アキバのヲタク文化についても、キモイの一言で解決していた。
さて、切り離してみると、翌々切り離されていない事に気がつく。結局、自分が所有するITガジェットから解放されたとしても、世のインフラがフルIT対応となっているから、そこはどうしようも無い。確かに便利になったが、マンツーマンインターフェースが希薄すぎると感じる。だからよけいに”膝枕”のようなサービスが、癒し空間を演出するソリューション等になってしまうのでは無いかと思う。
ちなみに、現在読んでいる「通信と放送の融合のこれから」では、小学生を対象とした実証実験(テーマを与えた映像等の作品作り)では、集団として軍隊的な動きは出来ないが、インディビジュアルとして行動し、それぞれがケータイ等を活用した情報共有を行う事で、擬似的な繋がりを持ち、あたかも集団で行動している様に見せている。
まさに攻殻機動隊の世界観そのままである。
ここで、少し考えてみる。ボクはつい最近まで、誰かと繋がっていないと生きた気分がしていない、誰かと共に居たいという激しい欲求の中で、絶望しながら生きていた。だから、少しでも拒絶されると、死にたくなってしまう。それが、ケータイ依存症だったり、mixi依存であったり、blogであったりする。だが、こうやって繋がる為のデバイスを捨てて、街を歩いたりバーでお酒を飲んだりすると、驚く程デバイス(ガジェット)が要らなかったりする。本来、連絡等必要なかったりする訳だ。ルールはその場で飲んでいる事。もしくは、本を一冊持ちあるく事。
それから、仕事の仕方も変えてみた。メールは連絡する手段出しかないというルールを作った。けっして会話する為の物ではないということ。だから、会議でも考え事するときでも地球にはリサイクルするからごめんと謝りながらも紙にメモを取る。スケジューラにインプットしながらも手帳に書き込む。本当は、ITを使う方がずっと効率がいいのに、あえて使わない。もしくは平行で使う。ここに着眼点を変える術があると思う。
前にも書いた通り、ITは万能ではなく今はただ使えるから使っているガジェットの一つでしかないと思う。
そう言っても、こうやって書いてみると良くわかるが、blogが無ければ私の考えが誰か第三者に伝わる事等ないだろということ。結局、自分はITに毒されてしまった人間でしかない。とも思える訳です。
しかし、矛盾はしているがいろいろ捨ててみると、わかる事も沢山あるという事が良くわかった日でした。