“儲かる製品仕様”を明確化、営業利益率が当事業最高の8.3%に
自動改札機を手掛けるオムロンは2001年度当時、赤字に苦しんでいた。同社で鉄道会社向けに自動改札機などを提供する事業部門では、仕様の標準化や部材の標準モジュール化を営業と設計が一体で推進。新札需要のあった2003年度を上回る対売上高営業利益率8.3%を達成した。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/JIREI/20080828/313554/
どこのメーカーでも、部品の共通化や標準化は、コスト削減を図るための手法として取り組みが進んでいる。だが、一般消費者向けの家電製品などの分野ではこうした取り組みは進んでいるが、個別受注で商品を提供する産業用機器分野では、なかなか取り組みが進みにくい。営業担当者は受注を取ろうとするあまりに、どうしても特別仕様を“言いなり”で取ってしまう傾向があるからだ。
だが、設計部門と営業部門が二人三脚で受注仕様の標準化に取り組み、利益を生む事業体質作りに成功した事例がある。自動改札機などを鉄道会社に販売するオムロンのソーシアルシステムズ・ソリューション&サービス・ビジネスカンパニー(SSB)が2004~2006年度に実施した業務改革だ。わずか3年間で設計と営業にまたがる改革を成し遂げた。
●改札機事業を担当する公共ソリューション事業部における営業改革のポイント
自動改札機事業の採算性は悪化の一途をたどっていた。当時、自動改札機関連事業や金融機関向けのATM(現金自動預け払い機)などを手掛けるSSBは、 2001年度に30億円の営業赤字に陥っていた。オムロン全体でも最終赤字になり、「グループ生産性構造改革」に取り組んでいた最中だった。
オムロン全社で人員削減や不採算事業からの撤退を進めるなか、SSBは2004年にATM関連事業を日立製作所との合弁会社に引き渡しスリム化した。しかし、SSB内の主力事業部門である公共ソリューション事業部が手掛ける自動改札機事業の撤退はあり得なかった。需要急増が見えていたからだ。関西地区の私鉄で利用できるICカード「PiTaPa」と関東地区の私鉄で利用できるICカード「PASMO」の導入が迫っていた。「パスネット(関東地区の私鉄などで利用できた磁気カード)への対応時と比較すると受注量は倍。だが、その需要増に従来の半分の開発要員で対応することを課せられた」(経営企画部の水野誠主幹)状況だった。
課題は効率化だけではなかった。品質管理面でも、定期券のICカード化など、機能が複雑化するにつれ、おつりの精算間違いが巨額の損害賠償に発展しかねないといったリスクの増大があった。
もちろん、同事業部の現場はかねてからこれらの問題を意識はしていた。設計部門側で設計図面の流用や、ソフトウエア開発へのオブジェクト指向技術導入に取り組むなど生産性向上を図ろうとしていた。ところが結局、営業担当者が、仕様の変更を次々と設計部門に持ち込んで、大慌てで設計をやり直す事態が頻発するうちに、こうした効率化の取り組みは、なし崩しになったという。特に、同事業部の営業部門には「うちは営業が強い事業部」という自負があり、「『要望したことは確実にやってくれる』という信頼感を得ることが顧客との強い関係作りになる」という文化があった。
抜本的な改革がスタートしたのは2004年4月のことだった。SSBの新社長に就いた滝川豊執行役員専務(この6月からは本社副社長に就任)の指示で、同事業部に「若手マネジャーを集めて、3カ月で課題を洗い出せ」という指示が下ったのだ。
若手が部門横断で課題を整理
営業や設計など全部門の係長クラスのマネジャー10人が召集され、改革活動が始まった。メンバーは面食らいつつも、1週間に1回、宿題を持ち寄り課題と改革のポイントを討議した。議論に参加した大塩和正・事業企画課長は「従来の感覚だと半年間はかかった。滝川SSB社長から3カ月でやれといわれてスピード感を意識せざるを得なくなった」と振り返る。
ただし公共ソリューション事業部長の田辺春雄事業部長(当時)は、「現場には“衝突すると一緒に仕事してくれなくなる”と議論を避ける傾向がある」「若手だけでは、議論が発散して課題を整理できないかもしれない」と心配した。
そこで製造改革に詳しいコンサルタントをオブザーバーとして1人入れた。滝川SSB社長から若手マネジャーに向けて「ゼロベースで考えろ。投資額の心配もいらない」と伝えてもらった。こうして、若手マネジャーたちは「お客さんからの要求が複雑でどんどん分かりにくくなっている」「ソフト化が進んでいるのに今の開発体制でよいのか」「突然の仕様変更が多いのは、営業がきちんと要件を聞き出せていないからだ」などと本音で問題を指摘し始めた。
これらの議論を経て改革の3本柱が決まった。(1)組織をMBU(ミニビジネスユニット)制に移行(2)ソフトウエア開発の内製化(3)「仕様チェックシート」を通じた仕様の標準化─だ。特に(1)と(3)の方策には、「営業の意識改革が必須」という問題意識が込められていた。
営業の意識変革を推進
「要求を忠実に受けないとお客さんとの関係が崩れるという言い分が営業にはある。この勘違いを正すにはきちんと商品の価値を説明でき、中身を分かって開発期間やコストへの影響を見積もりながら顧客と話ができる技術営業の人材を作る必要がある」と田辺事業部長は考えていた。
2004年11月から実施したMBU制は、営業や設計といった機能別組織をやめ、担当地域や顧客の種類で3つに分けて、営業と設計などを一体の組織に再編成したものだ。営業が設計と以前よりも密接に連携するよう仕向けた。
さらに、MBU長には“ミニ事業部長”のような権限を与えた。「MBU長は単なる営業トップではない、経営の意識を持て、と伝えた。どう原価を抑えるかまで考えさせる。特別な仕様になり過ぎ、赤字になり得るようなら受注を見送る覚悟で顧客と交渉してもらう」(田辺事業部長)
それでも、現場の営業担当者の意識がすぐに変わったとは言えなかった。「お客さんと目線を合わせなさい」と滝川SSB社長や田辺事業部長は言い続けていたが、MBU制の実施だけでは不十分だと2人の目には映った。
そこで、新しい営業スタイルを導入した。それが2005年から推進した「ツーウェイコミュニケーション」活動だった。これは別カンパニーの半導体センサーの事業部門でも推進していた活動で、顧客を滋賀県草津市の工場に呼び、品質管理状況やトラブルの状況などを包み隠さずプレゼンするというものだった。プレゼンは主に、技術者が行う。
当然、現場には抵抗感があったが田辺事業部長は「まずやってみろ」と実行させた。開発が遅れているのは顧客の承認が遅いからなのか、仕様の打ち合わせが悪かったからなのかなどを明確にしつつ、試作品を見せながら「ここはこういう仕様でいいですか」と顧客に念押しするといったやり取りをさせた。当初は、「『全然プレゼンになってないな』ときつい言葉を顧客からもらうこともあった」(水野主幹)。だが、何度か行ううちに時には顧客から褒められることもあり、現場の抵抗感は薄れて前向きになった。この活動はMBUの一体感を高めることにつながった。
(2)のソフト開発体制の見直しも、MBU制の実施と同時に解決を図った。子会社のオムロンソフトウエア(OSK)に在籍していた約100人のSE(システム・エンジニア)を2004年11月に転籍させてMBUに加えたのだ。「製品原価の中で、ソフトの開発費は場合によっては全体の3割を占める。品質問題が出た時の対処を早くするために欠かせない施策」と田辺事業部長は言う。しかも、転籍前は、本社の人間との打ち合わせで「オムロンさん」などと言うSE がいたほど、心の距離があった。
ただし、OSKに所属していたSEは、転籍後に自分の仕事がどう評価されるのかなどを不安がった。そこで、田辺事業部長はソフトウエアの開発責任者をOSKから選ぶなど配慮した。
標準仕様を定義し採算管理を強化
こうした改革を進めつつ、顧客の言いなり体質からの脱却に向けた切り札として用意したのが、2006年4月から導入した仕様チェックシートだった。仕様チェックシートは、営業担当者が顧客との打ち合わせ時に仕様の抜けや漏れを防ぐために活用するものだ。
●営業と開発をつなぐ仕様チェックシート
ただし、仕様チェックシートを策定するに当たっては、PLM(プロダクト・ライフサイクル・マネジメント)の1手法である「製品を標準モジュールとオプションモジュールから構成することで設計図面の流用や生産性向上を推進する」という考え方を採用した。このため、仕様チェックシートを作る作業は、標準モジュールを定義し、部品表でどんなツリー構造で部品を管理するかまで取り決める大がかりなものとなった。
そこで過去数年間に主要顧客に販売した既存製品の仕様をすべて調べ直した。「網羅的に仕様のばらつき具合や、標準化できる構造部分を調べ上げた。何が標準で何が例外的な仕様なのかをこの調査によって理解できた」(大塩課長)という。
例えば券売機の場合は、仕様において「硬貨の収納ボックスに鍵は有るか無いか」といった差異がある。標準仕様を「有り」として、それらを構成する部材を標準モジュールとして定義した。
この作業は、設計部門が本来の業務をこなしつつ進めたこともあり2004年度に着手してから完了までおよそ2年間を要した。「『いつまでかかっているんだ』という声も出たほどだったが、これをやり切れば絶対に設計の効率は上がる、やらないと需要をこなしきれないという危機感が設計現場にあった」(水野主幹)
作業完了後は、チェックシートを営業が埋めれば、直ちに、どんな標準モジュールや部品が必要なのか、設計部門が簡単に把握できるようになった。標準部材の手配や、調達コスト削減も進みやすくなった。従来は、顧客からの受注案件ごとに独自の品番で製造仕様を管理していたために、設計や調達部材の購買をそのつど行うことが多く、集中購買の妨げにもなっていた。
改革に着手してから3年後、2007年度にSSBの営業利益率(8.3%)が過去最高を更新した。ATM事業が新札需要で好調だった2003年度を上回る好調ぶりだ。2006年度に社長賞も受賞した。「鉄道関連のIC化がひと段落した2007年度は売り上げが落ちたが、利益率をさらに改善できたことで、事業体質の強化を実感している。SSBのうち公共ソリューション事業部だけに限れば、営業利益率は2004年度から連続して向上している」(広報部)
製造業の事業改革に詳しい立命館大学経営学部の善本哲夫准教授は「モジュール化設計による利益改善は営業側の協力がネックになりがちなもの。設計改革と営業改革を同時並行で進めて、わずか3年ほどで成果を上げたのは珍しい」とオムロンの取り組みを高く評価している。
(西 雄大=日経情報ストラテジー) [2008/09/04]