Suicaのイノベーションはどこまで続くのか
2001年11月の商用サービス開始以来、日本のICカード市場を創出し、牽引してきたのがJR東日本の「Suica」だ。同カードはソニーの非接触IC技術である「FeliCa」をベースにした交通ICカードの草分けであり、FeliCa関連市場の創造と成長において多大な貢献をしてきた。今や日本・アジアを代表とする国際的な非接触ICカード技術となったFeliCaにとって、JR東日本は“育ての親”といっても過言ではないだろう。
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0903/02/news067.html
カードタイプSuica(左)と、おサイフケータイで利用できるモバイルSuica(右)
Suicaは、公共交通のイノベーションにも大きく寄与した。
“かざす”だけで電車・バスに乗れて、細かな運賃計算や小銭の用意が要らない。Suicaを筆頭とする交通ICカードの利便性は、公共交通の利用を快適にし、人々の生活をより豊かにした。これは首都圏をはじめ交通ICカード導入地域の多くで、近距離公共交通の利用が活性化したことでも分かる。
またSuica電子マネーなど交通系電子マネーは、駅ナカ・駅ウエ展開からという“地の利”を生かして急成長。発行枚数と利用率ともに、nanacoなど大手流通系電子マネーと並ぶ「電子マネーの双璧」になった。昨今は交通系電子マネーと連動したポイントプログラムも広がっており、これらは駅前経済圏を語る上で重要なツールになってきている。
そして2009年、交通ICカードと鉄道ビジネスの革新を牽引してきたSuicaは、どのような方向を目指すのか。本インタビューでは、東日本旅客鉄道(JR東日本) IT・Suica事業本部副本部長企画部長の椎橋章夫氏に話を聞く。
モバイルSuicaの拡大――新幹線対応、カードとの差別化
近年のSuicaにとって、最も大きなトピックスが「PASMOとの相互利用開始」だった(参照記事)。2007年3月、SuicaとPASMOの相互利用が始まり、首都圏の交通ICおよび電子マネーの利用が爆発的に拡大。それまで800万トランザクション(処理回数)※だった処理回数は、2000万トランザクションまで急増した。Suica発行枚数にも弾みがつき、2009年1月時点では約2724万枚(モバイルSuica会員 約138万人を含む)に達している。Suica対応駅でのIC利用率は、Suica/PASMO相互利用開始前は50%前後だったものが、現在は78%弱にまで向上した。
※Suicaのトランザクションには、定期券の区間内利用数は含まれない。公表されたトランザクションは、すべて定期券を除くIC乗車券として利用したもの、あるいは電子マネーとして利用したものの回数を指す。
JR東日本、IT・Suica事業本部副本部長企画部長の椎橋章夫氏 電子マネーも相互利用開始の影響を受けて利用率が急上昇した。特に2008年に入ってからは、PASMO加盟店の拡大が進んだこともあり、Suica電子マネーの利用も一気に拡大した。2009年1月末時点には1日あたり約134万件の利用件数に達し、Suica/PASMO相互利用開始前の約41万件/1日と比べて、利用件数は93万件も伸びた。
そのような中で椎橋氏は、「2008年はモバイルSuicaの新幹線対応が始まったことが、大きな出来事だった」と振り返る。2008年3月から始まった、「モバイルSuica特急券」サービスのことだ(参照記事)。
「Suica(など交通IC)は、これまで在来線のためのサービスでした。しかし、モバイルSuica特急券が始まったことで、新幹線でも使えるようになった。当初計画ではモバイルSuica特急券の利用は会員全体の約2割と見込んでいましたが、サービス開始から約1年が経過し、この数値もほぼ達成できています」(椎橋氏)
2006年1月からスタートしたモバイルSuicaは、これまでも“ケータイで電車に乗れる”他機能で便利なサービスとして訴求されてきたが、カード型のSuicaとの差別化で苦労してきた。しかし、昨年のモバイルSuica特急券の開始で、「モバイルSuicaならではのメリットが、非常に分かりやすい形になった」(椎橋氏)という。
2009年3月1日からは、モバイルSuica特急券限定の事前指定型割引商品「スーパーモバイルSuica特急券」(スーパーモバトク、参照リンク)を秋田新幹線と山形新幹線に設定。利便性だけでなく料金面でもモバイルSuicaのメリットを強く打ち出し、カード型SuicaからモバイルSuicaへの移行を促していく計画だ。
2008年、もう1つの大きなトピックはSuica電子マネーの拡大
一方、モバイルSuica以外では、電子マネーの拡大も2008年のトピックスであったと椎橋氏は述懐する。
「Suica電子マネーの動きで特徴的だったのは、タクシー各社への導入が進んだことや、駅周辺の商店街など小規模店舗への展開が行われたことです。(Suica電子マネーは)これまで駅と、駅周辺の大規模商業施設やナショナルチェーンへの集中的な展開が多かったのですが、昨年はそれが(中小規模店舗も含めて)拡散していく傾向となりました。Suica電子マネーが街に広がっていく1年だったと言えるでしょう」(椎橋氏)
Suica電子マネーの活用状況を見ても、2008年を通じて伸びたのが「PASMO加盟店」と「街ナカ加盟店」の利用件数だ。駅ナカ加盟店での利用件数も増加しているが、PASMOとの相互利用開始後の増加分である91万件/1日の大半は、JR東日本の駅ナカ以外の伸びである。イオン加盟店(約1万1900店舗、参照記事)やファミリーマート(約2800店舗、参照記事)、ミニストップ(約1680店舗、参照記事)、ららぽーと(約820店舗、参照記事)など、街ナカへのSuica電子マネーの広がりは著しく、その傾向が利用件数増加の内訳でも反映されてきている。
「今後で言いますと、ナショナルチェーンを中心に(Suica電子マネーの)『全国への展開』を希望する声が増えています。すでにJR西日本と電子マネーの相互利用をしており、この3月からはJR北海道との電子マネー相互利用も始まります。こうした(他地域各社との)相互利用のスキームで、Suica電子マネーは全国に拡大していくでしょう」(椎橋氏)
対象駅・対応券種を増やして“利用率100%”を目指す
Suica/PASMO相互利用開始からこの2年、交通ICと電子マネーともにSuicaは過去7年間のうちでもめざましい成長を遂げた。Suica対応駅でのIC利用率78%弱は、他地域と人の流出入がある首都圏において、実質的には利用率100%に近い状況であると言っても過言ではないだろう。しかし、椎橋氏は「利用率は限りなく100%を目指したい。まだ(利用率を)伸ばしていきたい」と強調する。
「モバイルSuica特急券で新幹線対応は行いましたが、今後の課題として『回数券』や『企画乗車券』への対応があります。ここにも(Suicaで)対応していきたい。また、他地域での交通ICカード導入とSuicaとの相互利用がさらに広がれば、(首都圏に)流出入するユーザーのIC利用率も、もう一段高くできるでしょう」(椎橋氏)
実際、他地域での状況を取材すると、JR北海道のKitacaが開始直後から好調な立ち上がりを見せるなど(参照記事)、交通ICカードの普及と利用活性化には追い風が吹いている。九州エリアではJR九州の「SUGOCA」(参照記事)と、福岡市交通局の「はやかけん」も始まり(参照記事)、これらは来年にはSuicaと相互利用する計画だ。全国主要都市での交通ICカード導入と相互利用スキームの拡大が、結果的に首都圏の利用率向上を後押しすることになるだろう。
また、JR東日本では自社エリア内でのSuica対応駅も増やしていく。これまでは首都圏、新潟エリア、仙台エリアといった都市部中心の展開であったが、今後はローカル線対応も重要な取り組みになるという。
「昨年発表したグループ経営ビジョン2020では、『JR東日本管轄のすべての駅をSuica対応にする』という項目を盛り込みました。費用対効果で見ますと、利用者数の少ない地域・駅でのSuica展開は難しい面もありますけれども、(Suicaの)サービスとして見ると利用できない駅があるのはお客様にとって使いにくい。ローカル線も含めた全駅対応は、JR東日本としてやらなければならないと考えています」(椎橋氏)
むろん、過度なコスト度外視もまた問題である。そのため現在は、「ローカル路線向けの低コストな設備の検討や研究開発を行っている」(椎橋氏)という。
リーダー/ライターのみでフラップがない、簡易Suica改札機。乗降車数が少ない駅では簡易型を導入しているケースが多い(使い方はJR東日本のサイトを参照)
Suicaを用いた「クルマとの連携」を強化
Suicaを筆頭に全国各地で交通ICカードが広がる中で、昨年後半から注目分野として浮上してきたのが、パーク&ライドなど「クルマと公共交通の連携」だ。これらは従来から取り組まれていた分野ではあるが、交通ICカードのIDや履歴情報、電子マネー機能を使うことでより高度な管理を実現し、サービスとしての質向上の可能性が見えた。
「クルマとの連携は(今後が)注目の分野ですね。電車だけで消費者の移動ニーズすべてがまかなえるわけではありませんから、(公共交通との)アクセスという面で、『駅までクルマでくる』使い方は増えるでしょう。クルマから電車に乗り換えるお客様に対しては、割引など料金的なメリットを提供したいと考えています」(椎橋氏)
交通ICカードを用いたパーク&ライドサービスは、パーク24が中心となり、JR東日本ほか各社との協業が始まっている。まだ対応駅の数は少なく、実験的な取り組みではあるが、「(パーク&ライドの)データを見ますと、確実に利用率が増加している。電車への乗り換え効果や駅前ビジネスの活性化に繋がると見ています」(椎橋氏)
→PASMOで割引になるコインパーキング――首都圏でパーク&ライド開始
→PASMO/Suica+無人駐車場の可能性は?
また、昨年後半はカーシェアリング(参照記事)にも注目が集まった。この分野も新たなクルマ利用型ビジネスとして拡大が兆しが見られるが、「具体的に話せる段階ではないが、カーシェアリングとの連携はしていきたいと考えている」(椎橋氏)という。
「Suicaの登場によって、電車とバス、そして飛行機までが(サービスとして)連携しました。その点で、自家用車などクルマ利用も競争相手ではありません。むしろ、どのように連携し、人々の移動をシームレスにしていくかが重要になるでしょう」(椎橋氏)
Suicaが取り組む「第3の柱」とは?
首都圏から始まり、今や日本を代表する交通ICカード/電子マネーインフラの1つにまで成長したSuica。椎橋氏は2009年の目標として、モバイルSuica利用層の底上げと利用率拡大を挙げる。
「我々(JR東日本)としては、お客様にモバイルSuicaをもっと使ってほしい。現在のSuicaやVIEWなどカード型ももちろん便利なのですが、(画面表示と通信連携を持つ)モバイルSuicaの利便性はさらに上です。
昨年の段階で、カード型のSuicaでできることは、ほぼモバイルSuicaでも対応しました。さらにモバイルSuica特急券やスーパーモバトクなど、モバイルSuicaならではの便利さや料金メリットがあります。初期登録をハードルと感じる方もいらっしゃるようですが、ぜひ一度、モバイルSuicaを試していただきたい」(椎橋氏)
→クレジットカードなしでもモバイルSuicaが利用可能に(参照記事)
→4月からも年会費無料でモバイルSuicaを使う方法(参照記事)
唯一、モバイルSuicaへの不満点として残されているのが「オートチャージに未対応」である点だが、この改善にも前向きに取り組む模様だ。
「モバイルSuicaでのオートチャージを求める声が多いのは、我々もしっかりと受け止めています。『いつから』と具体的にお話しできる段階ではありませんが、JR東日本はお客様のニーズにはきちんと応えていく。その姿勢でサービス開発に臨んでいます」(椎橋氏)
カード型Suicaの爆発的な伸びの影に隠れがちだが、モバイルSuicaのユーザーはこの2年弱で約104万人も増えており、順調に数を積み上げている。機能と料金のメリットがさらに増せば、モバイルSuicaの伸びしろはまだまだありそうだ。
「モバイルSuica以外では、今後はSuicaをベースにした情報ビジネスにもチャレンジします。Suicaにはお客様の『移動』と『決済』の情報が集約されており、Suica情報はマーケティングやソリューションビジネスを展開する上で大きな価値を持ちます。今後はSuica情報の『見える化』と『情報資産化』を推進し、それをベースにした様々なビジネス展開を模索していきたい」(椎橋氏)
Suicaはこれまで“交通”と“電子マネー”で進化と発展をしてきたが、今後は“情報ビジネス”を「Suicaの第3の柱として育てたい」(椎橋氏)と話す。
先進国を中心に広がる「都市化の進展」と「環境意識の高まり」は、街における人の移動と経済の在り方を確実に変え始めている。21世紀の交通システムや経済圏において、高度に情報化・サービス化された新たな公共交通の存在は、今後さらに重要になるだろう。この分野において、JR東日本のSuicaは間違いなく世界の先頭を走っている。
Suicaが今後どのように進化し、サービスとビジネスを拡大するのか。そのエコシステムがどこまで拡大するのか。期待を持って見守りたい。