交通を軸に「地域のカード」へ――IC利用率78%のIruCaの今(前編)
四国の玄関口である香川県高松市。ここに小規模ながら、驚異的な利用率を誇る交通ICカードがあることを覚えているだろうか。高松琴平電気鉄道(ことでん)の「IruCa(イルカ)」である。2007年に本誌でもレポートしたが、IruCaはことでんの鉄道・バスで利用可能な交通ICカードであり、その利用率が約78%と高いことが特徴であった。
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0906/22/news016.html
その後、IruCaは高松の街に根ざしてサービスを拡大し、2009年時点で発売枚数は約15万枚にまで達した。さらに電子マネーの本格展開や、様々な新サービスへの取り組みを行っているという。
そこで今回の時事日想は特別編として、香川県高松市から、ことでん「IruCa」の現状をレポートする。
中心市街地活性化と公共交通の連携を目指すIruCa
IruCaは首都圏でおなじみのSuica/PASMOと同じ、交通系のFeliCaカードだ。導入は2005年2月からであり、プリペイド型の交通IC乗車券および電子マネーサービスを高松で展開している。利用エリアはことでん全線51駅と、ことでんバス全路線の83両。今のところほかの公共交通事業者との相互利用化は行われていない。
そしてIruCaの特徴は、何といっても“利用率の高さ”である。交通分野におけるIruCaの利用率は平均78.4%であり、駅の自動改札はすべて「IruCa専用」だ。ことでんは自動改札の導入が他地域の鉄道会社よりも遅く、磁気式切符やプリペイドカードを導入せずに、一足飛びでIruCaを導入した。そのため交通ICカードが一気に普及し、首都圏のJR東日並みの高い利用率となったのだ。
ことでんの駅風景。利用率78%強ということもあり、IruCa専用改札がずらりと並ぶ。さらに首都圏でおなじみのICカード対応のコインロッカーも整備されていた。
高松琴平電気鉄道 経営企画室およびIC拡張推進室 部長の岡内清弘氏 この交通分野での高い普及率と利用率を背景に、IruCaは今、「地域のカードを目指している」と高松琴平電気鉄道 経営企画室およびIC拡張推進室 部長の岡内清弘氏は話す。
「IruCaの大きな目標として、(高松市の)中心市街活性化というものがあります。IruCaという1枚のICカードで、中心市街地の商業と公共交通をシームレスに結びつける。それにより市街地を活性化したいという狙いがあります。この“地域カード”を目指すという立場から、ことでんでは行政と連携を取りながら、(IruCaを用いた)中心市街地活性化事業に2005年から取り組んできました」(岡内氏)
この最初のステップとなったのが、IruCa電子マネーの地域展開である。2007年当時、筆者が取材した時は、経済産業省に採択された「IruCaカードを活用した中心市街地活性化事業」がスタートする直前であり、中心商店街の一部がIruCa電子マネーの加盟店となっていた。その後、中心市街地へのIruCa電子マネーの浸透が進み、電子マネー端末(R/W)の設置台数は約200台に達しているという。また駅以外でのチャージ環境も整備されており、約10台の現金チャージ機が“駅以外”に設置されている。
しかし、岡内氏によると、現在の電子マネーの加盟店開拓は、当初計画よりも少ないという。さらに驚くべきことに、「今は加盟店をとにかく増やすという考えではない」(岡内氏)というのだ。
地域カードとして、市役所や公共施設、大学などに広がる
これまで電子マネー事業の推進というと、「加盟店の拡大」が至上命題のように考えられていた。しかし、ことでんでは当初計画よりも少ない加盟店数で、IruCa電子マネー加盟店拡大のアクセルを緩めている。それはなぜか。
「我々がIruCa電子マネーの加盟店を増やしていったのは、地域での生活を支えるカードにIruCaをしたかったからです。その点で言いますと、IruCaは香川大学の学生証に採用されたほか、高松市の公共施設などでも(IruCa電子マネーが使えるなど)広く使えるようになるなど、その目的が達成されてきている。ですから、無理に『電子マネー加盟店を広げていく』必要がないのです」(岡内氏)
地域商店街の中にも、IruCa電子マネー加盟店とチャージ環境が整備されている。特に注目なのは、地元の百十四銀行のATMコーナーに自動チャージ機があること。沖縄のEdyもそうであるが、地域の銀行内にある自動チャージ機は「利用率が高く、お客様の信頼も得やすい」(岡内氏)という特徴を持つ
このあたりはほかの電子マネー事業者や、JR東日本など大規模に交通IC電子マネーを展開する公共交通事業者と事情が異なるところだ。ことでんが電子マネーを手がけている理由は、交通・決済・ポイントが連携したICカードとして、『住民の生活を便利にすること』と『中心商店街を活性化して公共交通利用を促進する』ところにある。地域カードとして浸透するためのツールとして電子マネーを広げたのであり、電子マネー事業そのものの拡大が本来の目的ではない。
「我々は決済手数料でもうけようとは最初から考えていません。(この地域で)電子マネーが単独のビジネスとして成立するとは考えていないのです。実際、加盟店を増やせば増やすほど赤字なんですよ。むろん、それは地域カードとして普及させるために必要な投資として考えていましたが、無理に電子マネーを広めなくてもIruCaが地域カードになる手応えがありました。ユーザーや店舗からご要望があるところには、加盟店を広げます。しかし、我々から積極的に加盟店開拓をして、むりやり利用店舗を増やしていくといったことはしません」(岡内氏)
“電子マネーがもうからない”というのは、いささかショッキングな発言であるが、それは一面の真実でもある。電子マネー事業の主な収益源は加盟店からの決済手数料であるが、電子マネーはそもそも少額での決済利用が中心であるため、利用規模がかなり大きくならないとビジネスとして成立しない。そこが高額決済での利用や分割・リボ払い手数料なども見込めるクレジットカード事業との大きな違いだ。だから、Suica電子マネーやnanaco、WAONなどは、電子マネーとして「規模の拡大」と「利用率向上」で採算性確保の努力をする一方で、本業との連携や本業への貢献を重視したビジネス展開を行っているのだ。
一方、IruCaの「地域カードとしての広がり」は注目すべき部分がある。香川大学では約8,500枚の学生証がIruCa対応のFeliCaカードになったほか、高松市内では公共の駐車場や観光地、レンタサイクル、文化施設など多岐にわたる場所でIruCa電子マネーが利用できるようになっている。高松市では条例を一部改正してまで、公共施設でのIruCa対応を行ったというから、地域カードとしての定着は順調にいっていると言っていいだろう。
高松市が管理する公共駐輪場。公共施設ながら、IruCa電子マネーに対応している
こちらも公共施設となる高松市の「栗林公園」。入園料の支払いにIruCa電子マネーが利用できる
「これは皮肉なことなのですが、IruCaがここまで『地域カード』として受け入れられたのは、ことでんが交通事業の専業であることも理由として大きい。我々は2001年に民事再生法の適用を受けて経営再建し、その際に商業分野の事業を整理いたしました。
そして今は鉄道・バスという交通分野のみの事業となり、IruCaを導入・展開したわけですが、我々が商業分野を持たないことが、地域の商店街や行政機関との連携をしやすくしている一面はあると感じています」(岡内氏)
交通分野での広がりとしては、商店街が所有する周回バスでもIruCaが利用可能になっていた
さらに高松と離島を結ぶフェリーのチケットも、IruCa電子マネーで購入できる。このほかに高速バスのチケットもIruCaで買えるようになっており、直接の相互利用化ではないが、交通分野でのIruCaはずいぶんと広がっている印象を受ける
その上で、岡内氏は「地域活性化はビジネスとしてもうけようという考えで取り組むことではない」と言葉を重ねる。IruCaの展開で赤字にならないように努力はするが、地域カード化によって積極的に収益を上げる考えはないという。
「ビジネスとして(地域の)活性化ができるくらいなら、その地域は活性化を必要としていないのです。そうでないから地元の企業や自治体が少しずつリソースを持ち寄って、地域経済を盛りあげるために努力する。IruCaはそのためのツールになれればいい」(岡内氏)
地域展開が順調に進む。「IruCa」の幸運
交通ICカードから地域カードへ。IruCaはまさにその方向に発展・普及し、高松市の人々にとって欠かせない生活カードになろうとしている。そのような中で、今後のIruCaはどのような機能拡張をしていくのだろうか。
「地域カードとしての展開は、我々の計画以上の順調さで進んでいます。公共施設や地元大学への展開や行政イベントと連動、さらに2009年度には『健康情報活用基盤のための実証実験』として地域の医療機関と連携したeヘルスケアでのIruCa活用にも取り組みます。そういった点で、“地域に展開していく”というIruCaの目標は、幸運なことにずいぶんとかなえられている。
その上で、今後の方向性で考えると、子どもたちの安全を守るようなセーフティ&セキュリティ分野へのIruCa展開などが考えられます」(岡内氏)
2009年7月から9月にかけては、行政イベントの「てくてくさぬき」とIruCaが連携。枚数限定で専用記念カードも作り、行政連携を強める。なお、この専用記念カードはIruCa機能のほかに、フェリカポケットマーケティングの「FeliCaポケット」も内蔵している
交通IC/電子マネーのカードから、地域生活や地域経済と密接に関わり合う「地域カード」に。IruCaの普及と活用は、地方においてICカードをどのように効果的に使うかという、1つのケーススタディと言えるかもしれない。