電子マネーパイオニアの苦境――ビットワレット「Edy」の今
FeliCa電子マネーのパイオニアとしてEdyを運営するビットワレットは、創業以来赤字経営から抜け出せずにいる。電子マネーの普及が進んでも黒字化が難しいのはなぜか? 同社CSO宮沢和正氏のインタビューを通して、ビットワレットの今とこれからを考える。
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0909/25/news018.html
カードやおサイフケータイをかざしてお金を払う、非接触IC・FeliCaを利用した電子マネー。ここ1~2年で電子マネーは本格的に普及が進んでいるが、その先駆けである「Edy」を運営するビットワレットは9期連続赤字と苦しい経営が続いている。
電子マネーの普及が進んでも黒字化が難しいのはなぜか。ビットワレットはどのように黒字化を目指すのか――ビットワレットCSO(最高戦略責任者)の宮沢和正氏に、同社の現状と今後を聞いた。
最も普及している電子マネー、Edy
パイオニアだけあって、Edyは“もっとも普及している電子マネー”である。2009年6月にはカードとおサイフケータイを合わせた累積発行件数5000万件を突破※、これは電子マネー対応Suicaの発行枚数(2710万枚)はもちろん、PASMOを合わせた発行枚数(4031万枚)をも上回る。
またEdyはカードだけでなく、おサイフケータイで利用されている電子マネーとしても、最も普及している。6月には累計発行数で1000万台を超えた。2番手であるモバイルSuicaの会員数は8月末に165万人を超えたばかりだ。モバイルEdyは累計で、モバイルSuicaは現在利用している会員数なので数え方は違うが、利用者数の差はそう容易には埋まらないだろう。
サービス名 事業者名 発行数 モバイル
Edy ビットワレット 5140万 980万
Suica JR東日本 2710万 165万
PASMO PASMO協議会加盟事業者 890万 なし
WAON イオン 1090万 非公開
nanaco セブン&アイHLDGS 890万 134万
Edy、Suica、PASMO、WAON、nanacoの発行件数を比較(8月末数字)。「モバイル」はおサイフケータイでサービスを利用している数で、発行数に含まれる
ユーザー数だけでなく、Edyを利用できる“場所”も順調に増えている。2009年度末にはEdyを利用できる場所は20万か所以上になる見込みだ。8月末にはマクドナルド全店がEdyに対応したほか(約3800店、参照記事)、10月以降はセブン-イレブン全店で利用できるようになる(約1万2000店、参照記事)。これにより、大手コンビニチェーンはすべてEdyに対応。「コンビニはどこでもEdyを使える、チャージできると分かりやすく訴求できるようになりました」(宮沢氏)
急増しているもう1つの要因はEdy対応の自動販売機が増えているためだ。(参照記事)日本コカ・コーラ自動販売機を中心に、2009年度末には約11万台の自動販売機がEdyに対応する予定となっている。
10年ごしの願いが実現した
ビットワレットCSO(最高戦略責任者)の宮沢和正氏 セブン-イレブン、マクドナルド、コカ・コーラの3社がEdy対応になったことの意義は非常に大きい、と宮沢氏は話す。「1999年、私がまだソニーのFeliCa事業部にいたころに、ビットワレットの立ち上げに際してEdyの話をさせていただいた会社がいくつかありました。この3社はいずれもそのときに(Edyを採用してくださいと)お願いしに行った会社なのです」
3社はいずれも電子マネーの採用に積極的だったが、考え方の違いや、中立性を重視するビットワレット側の事情に合わず、結局この時点ではEdyを採用しなかった。日本コカ・コーラは「Cmode(シーモ)」という独自電子マネーを始めたし(参照記事)、セブン-イレブンからはビットワレットに出資したいという打診があったが、「特定の加盟店に参加してもらうと色が付き、中立性が保ちにくくなる」という理由でビットワレットの側から断ったという。「中立性を保つことを重視するという方針が正解だったのかどうか、今も答えは出ていませんが……。しかし、当初我々が、Edyを入れてほしいと考えていた3社が加わってくれたという意味で、2009年は非常に感慨深い年です」(宮沢氏)
人件費、固定費削減で赤字解消へ
赤字を脱し黒字化するには、コストを削減し、収益を増やさなくてはならない。ビットワレットではコスト減・収益増のためにどのような施策をとっているのだろうか。
「2008年から2009年にかけて、大がかりな構造改革に取り組んできた。近々黒字化できるめどが立ってきた」と宮沢氏は話す。
ビットワレットにとって大きなコストとなっていたのが、人件費と固定費だ。2008年末には全社員を対象に早期退職者を募集し、正社員約40人を削減した。現在の社員数は100名程度だ。「新規加盟店を開拓しようということで、当初から営業には力を入れていた。最近は電子マネーの知名度も上がり、加盟店も大幅に増えたので、これまでほど営業に人員を割く必要がなくなるだろう。今後は(新規加盟店の獲得よりも)すでに加盟店になっている店舗に、もっと使ってもらえるようなマーケティングに変更していく」
同社にとっての固定費とは、「導入支援金」という形で支払っている決済端末のコストだ。加盟店に置いてあるEdy用決済端末は1台数万円するが、コストをビットワレットが負担しているケースが多い。この減価償却がほぼ終わりに近づいていることが、黒字化へ好影響となると見ている。導入支援金は毎年数億円ずつかかっており、「当初の予定の倍くらい。非常に重いコストだった」と宮沢氏は振り返る。
電子マネー決済以外の収益源は?
ビットワレットの主な収益源は、Edy加盟店がビットワレットに支払う手数料収入だ。つまり、Edyを使う人が増え、ユーザーがEdyで決済を行う回数や金額が増えるほど、ビットワレットの収益は増えることになる。このほか、クレジットカード会社や銀行などEdyを発行する事業者からが支払うライセンス料なども同社の収入となっている(下図)。
Edyのビジネスモデル。Edyは発行元(イシュア)をバリューイシュア(財務局に登録済みのEdyの電子マネー発行元。クレジットカード会社や銀行など)とカードイシュア(カード発行者)とに分離する「バリューイシュア」制をとっている。図はビットワレットのWebサイトより転載
しかし、電子マネーが利用されるシーンは、コンビニや自動販売機など、単価が安いところが多い。一般に、コンビニが支払う手数料は、電子マネーで決済した金額の2~3%と言われている。Edyが8月の1カ月間に利用された回数は約2500万件。発行件数やユーザー数が増えても、1回数百円の決済では、手数料収入は微々たるものだ。
Edy以外の電子マネーを運営する事業者は、みな本業がほかにあり、電子マネーを収入の柱には据えていない。例えばnanacoやWAONといった流通系電子マネーは、ポイント付与との合わせ技による自社チェーンへの顧客囲い込みがメインの目的である。またSuicaやPASMOといった交通系ICでは、電子マネーは乗車券の付加価値という位置づけだ。FeliCaを導入し磁気きっぷを減らすことで改札のメンテナンス費用を減らしたり、駅構内にある売店の売り上げが上がったり、という形のメリットがある。
他社の例を見ても分かるように、単価が安い電子マネー決済の利用手数料だけでは、事業者は立ちゆかない。ビットワレットでは今後、決済利用料のほかにどのような収益源を見込んでいるのだろうか。
「今後は情報ビジネス分野の収入を増やしていきます。マーケティングや販促・ギフト市場での利用促進ですね。例えばエコポイントをEdyに交換する申請が、7月1日から始まりました。エコポイントを商品に変えると端数が出ますが、これをぴったり受け取れるのはEdyくらいです。エコポイントをEdyで受け取るのは(交換の率も良いので)おすすめです。エコポイントがきっかけで、初めてEdyを使うユーザーが増えるのではないかと期待しています」(宮沢氏)
ビットワレットの誤算
ビットワレットは、2001年の会社設立以来1回も黒字になっていない。2008年の決算公告を見ても、売上高41億5000万円に対し、営業損失50億4400万円。黒字化するには上記のようなコスト削減に加え、Edyでの決済回数・金額を急ピッチで伸ばしていく必要がある。現在の成長ペースではとても追いつかないのだ。
年 月間利用件数
2007年8月 2000万件
2008年8月 2400万件
2009年8月 2500万件
2007年~2009年のそれぞれ8月を例に、Edyが1カ月間で利用された件数を比較
今回のインタビューで、宮沢氏が漏らしたある一言が印象的だった。「当初は5年くらいでなんとかなると思っていたんですけど……状況が変わった。誤算がありましたね」
誤算とは、Edyのライバルが増加したことである。当初想定していた競合はJR東日本のSuicaくらいだったが、2007年の春には同じく交通系のPASMO、流通系のnanaco、WAONという電子マネーが登場し、ユーザー数や利用件数を大きく伸ばした。また2005年冬にはNTTドコモがおサイフケータイを利用するクレジットサービス「iD」を発表、“チャージ不要、後払いの電子マネー”というキャッチフレーズで普及を進めている。こちらはドコモのおサイフケータイを中心に、かつてのEdyヘビーユーザー層を取り込む形で成長している。
ユーザーにとっての「Edyのメリット」を分かりやすく訴求することが不可欠
宮沢氏は「他社が参入することによって、電子マネーユーザーのすそ野が広がった。また、事業者同士で話し合いを持つことも増えている。ユーザーを取り合うというよりは一緒に増やしていくフェーズ」と話すが、実際には電子マネー間の競争は、2007年以降激化していると見ていい。
その理由は、ここ数年で複数の電子マネーが利用できるマルチ端末がコンビニを中心に増えたことにより、ユーザーが「好きな電子マネーを選んで使える」状態になったからだ。特におサイフケータイユーザーは、携帯に複数の電子マネーアプリを入れていることが多い。マルチ端末の設置が進み、他社の電子マネーが普及するほど、ユーザーが“Edy以外”を選ぶ可能性も増えてくる。
複数の決済方式に対応したマルチ端末。上はローソンやファミリーマートなどが導入したiD/QUICPay/Edy対応端末、下はイオン系スーパーを中心に導入されているWAON/Suica/iD対応端末
流通系電子マネーなら「使うとポイントが付く」、交通系電子マネーなら「同じカードで電車に乗れる」といった分かりやすいメリットがある。これに対して、Edyのメリットは一言で説明しづらい。ポイントシステムを外部との連携に頼る仕組みになっているからだ。
ポイントシステム「Edyでポイント」
Edyでポイントを使ってためられるポイント一覧 Edyのポイントシステムは「Edyでポイント」といい、おサイフケータイのEdyアプリと、他事業者のポイントシステムを連動させて使うようになっている(参照記事)。具体的には、おサイフケータイでEdyを使うたびに、ANAのマイルや楽天ポイント、Tポイント、ヤマダポイントなどの中から好みのポイントがたまる(ユーザーが事前に選択してアプリに登録しておく)という仕組みだ。
宮沢氏はEdyのメリットを「自分の好きな(ポイント)サービスと組み合わせられる柔軟性、中立性。使える場所の多さ」と説明するが、柔軟性の高さがユーザーにとっての分かりにくさになってしまっている点は否めない。おサイフケータイでEdyを使っているユーザーの中でさえ、Edyでポイントの知名度はあまり高くないのが現実だ。
さらに他事業者に頼るこの仕組みは、ポイントを運営する事業者が何らかの理由でポイントプログラムを変更した場合、とたんにユーザーからそっぽを向かれる危険がある。かつてEdyのヘビーユーザーは、飛行機に乗らずにANAのマイルをためたり(いわゆる“陸マイラー”)、Edyをチャージしたときにクレジットカード会社が付けるポイントを目当てにEdyを使ったりしていた。しかしANAがマイレージプログラムを改訂し(参照記事)、改正貸金業法の影響でクレジットカード各社の業績が苦しくなり(参照記事)、ユーザーへの利益還元を絞るようになると、陸マイラーたちがEdy離れを起こしたことは記憶に新しい。
Edyは“愛される電子マネー”を目指すべき
「中立性を重視し、多くの企業と手を組める電子マネー」というスタイルを、創業以来約10年守り続けているビットワレット。黒字化するためには手数料に続く新しい収益の柱を育てることが必須だが、それまでの間はせめて、ユーザーに対してEdyを使うメリットを分かりやすく示すことが火急の課題だろう。自社がカードイシュアにならず、決済手数料を収益の柱とするというビジネスモデルが変わっていない以上、Edyはユーザーから“愛される電子マネー”になり、決済件数・金額を伸ばしていかなくてはいけないからだ。
ビットワレットはこれまでのように加盟店のほうばかりではなく、Edyユーザーの顔を見て、その声をしっかり聴かなくてはならないだろう。「なぜEdyを使うのか?」「ほかの電子マネーにはない、Edyだけの良さとは?」この問いにはっきりと答えられる人が増えない限り、ビットワレットの黒字化は望めまい。